第2週目 小瀬青一郎の一週間
◆日記
本は売れないし人は本を読まないよ、と言われて、じゃあ俺たちはなんなんですかと言って、少数派だな、と言われたらもう返す言葉も立つ瀬もない。人文書の売り方というのはそういうもので、結局少数派が読むから商売を続けることができるし少数派に売るから単価も高くなる。昔は人文書とか哲学書とか批評と呼ばれていたものにもシーンがあって、華やかなりしころにはそれこそベストセラーだってあって、版元はそりゃ喉から手がでるほどそいつが欲しい。ベストセラーが欲しいし名を上げた書き手が欲しい。書き手が固まれば客もつく、でもその書き手がシーンを作れないしシーンを持続させられない。そんなの流行じゃないですかといわれはするけど、スポンサーもない広告もろくに入らない弱い業界で業界自体を生き残らせるには流行がいちばん手っ取り早い。ただ一発屋が一発を連射できないのは仕方ないとしたって、一発屋だっていやしないのが俺のもといたあの国で、本は売れないし人は本を読まない。そう言ったって作り手だってろくに本を読んでないでしょ、おまえ最近なに読んだ、そう言われて答えに詰まるのが悔しくて月に十冊決めて読むことにして、それは俺にしたら相当青息吐息の速読で持続させて、それでも本当の読書家には鼻で笑われる、月で十冊、それでなにかしらやった気になっているんだったら、編集者ってのは本当に本を読まなくなっちゃったんだね。そういう読書家は本を買っているので俺に立つ瀬はない。本をめちゃくちゃ読む化物みたいな知識人と本を(統計の上では)まるで読まなくなった購買層に挟まれて企画を出してラフ切って、単価決めて紙を決めてデザイナー決めて印刷所とリスケしてリスケして、営業して校正して校了して俺たちのつくる本は売れなかった。それをどれだけがんばりましたからえらいですなんてロマン主義は人文業界の知が鼻で笑ってるものの筆頭で、でも店ではそういうロマンを煽る人文書が売れる。「不可能である、だがあえて」「できはしない、だからこそ」「敗北した、しかしその敗北をこそ」、出始めの頃には思想上のニヒリスティックな挑戦だったその絶望的な語彙はいつのころからか敗北を粉飾して見た目を希望とすり替えるための語彙に姿を変えてあちこちの左翼書物に蔓延しはじめて、やがて(主には政治的な)課題を消化できない敗着への言い訳じみた姿をとるようになり、俺はそうして飼いならされちゃった哲学の言葉たちを眺めて、あんなロマンティシズムに染まった本じゃだめですよ今はもう命がけの跳躍の時代じゃない今こそ一歩一歩行かないとと飲み屋で語ってでもそれも凡庸なロマンティシズム、愚直嗜好の変奏なんだよと諭される。いずれにせよ本は売れない。断裁室でばらばらにする本に心が痛まないわけじゃあもちろんなくて、しかしそのいちいちに涙するほど青くもなくて、つまりそれが本を資本主義経済のなかで商業として扱うことだし俺は商業をやるためにプロとして門を叩いたんだから業績不振は業績不振でタクティカルに処理しなきゃでしょと半分自分に言い聞かせながらやっていたのに書店をやったら返本がつらくて酒を飲んでいたんだからどうしても感傷なしに本とやり合うことはできない。在庫が増えると言ったってどうせ本だろと思っていたら書店が抱える在庫というのは編集者が紙の上で計算してたころとはぜんぜん違うリアリティで質量を持っていて、とにかくそれがそこに積まれてるだけで不安になるしどかさないとまるで業務が回る見込みがなくてしかもすこしは新しいものを入れる余裕がないと完全に手持ちの在庫だけで売りきらないとならなくなってそれは結局タクティカルにまったく現実的じゃなく、酒を飲んでいやだいやだと言いながら結局返本するしかないのがわかっているのにずるずる続けてしまう。だいたいお前の本は古いんだよと言われるし存在論だって認識論だって永遠に課題でしょと俺は言うけどそんなのはけっきょく院にも行けなかった学士レベルの哲学の香りの興味だから分析哲学にも手を出したし精神医学も触って今の売れうる哲学を模索しようとそりゃあしたけど自分が学生時代に買ってたのは観念的な哲学の古層なんだから古層をちゃんと勉強できる環境や古層の世界的な先端は学生が掘れるようにしといたほうが絶対いいですよなんて言ったってその学生さえ本を買わない、学生が買わなかったら本当に誰が本を買ってるんだと思いながら大学のそばに無理して借りた本屋テナントでじっとキャンパスを出て行くやつらの耳に刺さったイヤホンを見ていたけど学生はマジで金がなくて俺たちの扱うような本は高すぎるしその金のなさを解消するのに節約よりも無料や定額で知にアクセスするほうがはるかに節約率が良くてつまりその無料や定額に乗れないし読者も持てない本は死んでいく。学生が買わなかったら誰が本を買うんだという問いの答えはそうすると自明で要するに誰が本を買っているかといえば本は買われていない。読者はいない。読者がいない本をつくっていていない読者に本を売ろうとして返本が積み上がって会社は破産したし俺も倒産した。ポップもキャンペーンも形らしい形につながらずにそもそも古層への通路を確保しようとしながらシーンやブームなしには生きていかれないやりかたがなっていなくて俺のつくりたかったり読んできて愛していた本はポスト構造主義でも超訳でも人生論でもロマンティシズムでもなんでもいいがそういう経済的に自立した世界にささえられてようやくよちよち歩きができたネオテニーで経済が冷え込めば生きていかれないしそれでも俺はそれを生かしたかったならそれなりの手を打たなくちゃいけなかったのだが具体策はわからなかったし思いつかなくて愚直趣味に逃げていって古い同僚たちはそれぞれ雑誌やったりライターやったりしながら生き延びていったところへ結局入り込むタイミングを見失ってそういううまいこと息継ぎができたやつらとは違うほうの消息不明になった古い同僚たち、俺はそいつらよりはどちらかといえば事務処理能力をたのみにそつなく次の島へ移るタイプだったはずだがいつのまにかそういうほうの古い同僚たちみたいに消息不明の道筋へ紛れ込んで夕闇国でまた書店をやってる。
何を売ってもいいと言われて浮かんだのはカール・ウィックマンだった。会社が潰れる前に出そうとしていた本のネタならいくつかはあって、ウィックマンは欧文の原本があったし半分くらいは自分で試訳したものがあってそもそもゼミで未訳の原文をひととおり読んだから頭に入っていたしテクニカルな間違いはおおむね潰せている気がした。ウィックマン売ってもいいんですかと聞こうとして今さら誰に聞くんだと思って電話帳を取り寄せてこの世界にいるだろうこの世界の翻訳と校正と造本ができる技術者を探し始めていた。なんでもいいなら知らねえぞ初版五百部刷っちまうぞと半分くらいは自棄になりながらそれでもウィックマンを一度本にできるのは嬉しかった。ウィックマンなんて今どき誰も読まないことはわかりきっていたがこのまるで知らないところでも人は本を読まないのかは知りたかった。哲学は歴史的社会的に限定された事柄を扱うしそもそも人間が持つ問題意識はそうした実存の縛りを逃れ得ないしだからウィックマンの問題意識を誰がここで共有するかなんていったら絶望的でただいろんなほうぼうの夕闇から人がここには集まると聞いていたからじゃあここは哲学の場所かもしれないじゃないですか社長と自分に言っておうやってみろと自分で答えて売ることにした、ミネルヴァのフクロウが飛ぶんだ夕闇は、高校生の頃に読んだあの人を高揚させるヘーゲルの法哲学のロマンティシズムの文章がどうしたって哲学をやって哲学書を売ってきたやつには逃れがたくつきまとうし逃れがたいなら一度賭けてみたくはなるじゃないか。そういう熱っぽい子供っぽい売り方が本を売れなくしてきたし本屋をつぶしてきたんだよ莫迦と言う声も頭のなかで聞こえていたし五百部、五百部、とうめきながら台割をペンが突き破ったりしていたし気持ち悪くなって吐いたりもした。ウィックマンが五百部? 莫迦を言うなよ何時代だよ。どこに配本して誰が買うんだよ。誰が買うかも見えていない本をどこに届けるかのアテもないままでマーケットリサーチゼロでやれと言われてじゃあウィックマン刷りますなんて結局いつまでも読者が見えていない。俺には読者が見えない。誰が買うんだよそれでも出版社にいたころ返本率は百パーセントじゃなかった(そんな本があってたまるか)し俺のつくった本を持ってる教授もいたしその人はこんなの今は売れないでしょうと笑っていたがそれでもどうしてか何人かは買ったということは読者はどうやらいたのだ誰かは知らないが国会図書館以外にも俺の本を買ったやつは採算とれるレベルはないにせよいて俺はそいつをもっと具体的に見たくて本屋をやったんじゃなかったのかというふうに自分をふるいたたせようとしたって買い手が見えない商品をつくろうとしてるのは今も昔も同じだ莫迦野郎。ウィックマンが五百部? ウィックマンが五百部だって?
何を売ってもいいと言われて浮かんだのはカール・ウィックマンだった。会社が潰れる前に出そうとしていた本のネタならいくつかはあって、ウィックマンは欧文の原本があったし半分くらいは自分で試訳したものがあってそもそもゼミで未訳の原文をひととおり読んだから頭に入っていたしテクニカルな間違いはおおむね潰せている気がした。ウィックマン売ってもいいんですかと聞こうとして今さら誰に聞くんだと思って電話帳を取り寄せてこの世界にいるだろうこの世界の翻訳と校正と造本ができる技術者を探し始めていた。なんでもいいなら知らねえぞ初版五百部刷っちまうぞと半分くらいは自棄になりながらそれでもウィックマンを一度本にできるのは嬉しかった。ウィックマンなんて今どき誰も読まないことはわかりきっていたがこのまるで知らないところでも人は本を読まないのかは知りたかった。哲学は歴史的社会的に限定された事柄を扱うしそもそも人間が持つ問題意識はそうした実存の縛りを逃れ得ないしだからウィックマンの問題意識を誰がここで共有するかなんていったら絶望的でただいろんなほうぼうの夕闇から人がここには集まると聞いていたからじゃあここは哲学の場所かもしれないじゃないですか社長と自分に言っておうやってみろと自分で答えて売ることにした、ミネルヴァのフクロウが飛ぶんだ夕闇は、高校生の頃に読んだあの人を高揚させるヘーゲルの法哲学のロマンティシズムの文章がどうしたって哲学をやって哲学書を売ってきたやつには逃れがたくつきまとうし逃れがたいなら一度賭けてみたくはなるじゃないか。そういう熱っぽい子供っぽい売り方が本を売れなくしてきたし本屋をつぶしてきたんだよ莫迦と言う声も頭のなかで聞こえていたし五百部、五百部、とうめきながら台割をペンが突き破ったりしていたし気持ち悪くなって吐いたりもした。ウィックマンが五百部? 莫迦を言うなよ何時代だよ。どこに配本して誰が買うんだよ。誰が買うかも見えていない本をどこに届けるかのアテもないままでマーケットリサーチゼロでやれと言われてじゃあウィックマン刷りますなんて結局いつまでも読者が見えていない。俺には読者が見えない。誰が買うんだよそれでも出版社にいたころ返本率は百パーセントじゃなかった(そんな本があってたまるか)し俺のつくった本を持ってる教授もいたしその人はこんなの今は売れないでしょうと笑っていたがそれでもどうしてか何人かは買ったということは読者はどうやらいたのだ誰かは知らないが国会図書館以外にも俺の本を買ったやつは採算とれるレベルはないにせよいて俺はそいつをもっと具体的に見たくて本屋をやったんじゃなかったのかというふうに自分をふるいたたせようとしたって買い手が見えない商品をつくろうとしてるのは今も昔も同じだ莫迦野郎。ウィックマンが五百部? ウィックマンが五百部だって?
STORY
夕闇国にチラシが舞う。その日の新聞の夕刊(夕刊しかない)に大々的に告知されるコンビニの開店夕闇国に現れた謎のお客様は、物珍しさに次々と来店する。それはまさに餌を食らう鯉のごとく
謎のお客様が正常な思考を持っていない何かでも、構わず商売する土壌が夕闇国にはあった
なぜなら夕闇国はゆらぎの国。あらゆる世界の夕闇と繋がる国。価値観が通じることすら稀なこの国で
確かなのは全て、「売る」と「買う」という信頼関係だけだったから
――現れたお客様は、ほのかに紅茶の香りがした――
◆訓練
気品の訓練をしました気品が10上昇した
気品の訓練をしました気品が11上昇した
気品の訓練をしました気品が12上昇した
気品の訓練をしました気品が13上昇した
気品の訓練をしました気品が14上昇した
◆送品
◆送金
◆破棄
◆購入
青思導書店はカール・ウィックマン『孤立と表象』を864闇円で購入した!
青思導書店はカール・ウィックマン『孤立と表象』を864闇円で購入した!
青思導書店はカール・ウィックマン『孤立と表象』を864闇円で購入した!
◆作製
暑い日差し20とセールのチラシ20を素材にしてシモーヌ・ブノワ『幻視と痙攣』を作製した!
◆コンビニタイプ決定
コラボ に決定!!
◆アセンブル
スロット1に虚無雑誌を装備した
スロット2に虚無書籍を装備した
スロット3にカール・ウィックマン『孤立と表象』を装備した
スロット4にシモーヌ・ブノワ『幻視と痙攣』を装備した
スロット5にカール・ウィックマン『孤立と表象』を装備した
スロット6にカール・ウィックマン『孤立と表象』を装備した
スロット7にカール・ウィックマン『孤立と表象』を装備した
◆アイテム改名
虚無雑誌を『月刊言語哲学』第37号に改名した!
◆アイテムアイコン変更
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メッセージ
ENo.140からのメッセージ>>
誰かが、あなたの店の前に立っている。
明るい色の髪、青と緑の入り混じる目。
剣のような四肢。
やがてその戸に手をかける――あるいは手をかけるより先に開く。
なかへ。
「……こんにちは。ここは、本を売るお店なんですか?」

明るい色の髪、青と緑の入り混じる目。
剣のような四肢。
やがてその戸に手をかける――あるいは手をかけるより先に開く。
なかへ。

◆戦闘結果
売り上げ
闇円収入 1356
貢献補正 0.55%
行動順報酬!! 15%
合計闇円収入1567
商品販売数 7個
◆経験値が22増加しました……
◆体力が9増加しました……
◆素材が本部から支給されました……
貢献補正 0.55%
行動順報酬!! 15%
合計闇円収入1567
商品販売数 7個
◆経験値が22増加しました……
◆体力が9増加しました……
◆素材が本部から支給されました……
青思導書店は大量消費社会24を入手した!
キャラデータ
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プロフィール
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Seiichiro Oze. 二十三歳で大学を出て、 人文・思想・哲学書をつくる、 小さくもない出版社に入った。 よくこの業界に入ってきたねえ。 このご時世に若い人が。 そう言われながら歓迎されて、 癖のある著者と編集者のなかで本をつくって、 二十六歳で会社が消えた。 本をつくる側から売る側に行き、 書店をやって、二年でつぶした。 借金が残ったあとの夕闇で、 夕闇国に迷い込む。 夕闇国、 そこはあらゆる世界の夕闇の狭間につながる昏い国。 小瀬青一郎、二十八歳。 出版界の夕闇から来た男。 彼は今も人文書を売っている。 彼の世界で本は売れない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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店舗データ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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