ENo.0055　カシ・サルミネン

「ほーほー、ふーん、へー。なるほどなあ！」

与えられた店はさして広いものではなかったが、ものめずらしさも手伝って念入りに見て回っていたら、そこそこの時間が過ぎていた。
からっぽの什器にからっぽのレジカウンター、そして空っぽの店内。
そこにいるのは己一人。

「……燃えるな！
つーかあれな、こん中いっぱい、うちんくの野菜置いていいんだろ？
こんだけありゃばあちゃんの加工品も置けるな！
果物狩りのついでにちょこっと置いたり、道の駅に卸したりするよりここならいっぱい置けんじゃねえか！
しかも出荷するんと違って中抜きねえし、マジで！？　マジこれ最強じゃね！？
しかも今野菜の価格高騰してっし！　これ金持ちになるチャンスじゃね！？

いや、その前に初志貫徹！
ヴァネッサに洒落た指輪のひとつも買ってやりてえし、いやそれよりあいつは上等のワインの方が喜ぶかな…いやいや仕事用の羊革の手袋とか……かーっ、夢が膨らむなあ！　とりあえず頑張って稼いで凱旋すっぞー！」

店内で気炎を上げ、それからおもむろにレジにある電話、その受話器を取り上げる。

「んで、これが遠くと会話できる…なんだっけ機械とかいう魔法だっけか。
――あーもしもしばあちゃん？　俺俺！　俺だって！　いやちょっとよう、異世界放り込まれちまってよう！
戻ってくる前にひと稼ぎしてえから、野菜送ってほしいんだわ！　とりあえず小松菜を――えっ、ちょ！　違ぇって！　オレオレ詐欺違ぇって！
俺だよカシ！　カ・シ！
え？　何？　本人確認？　生年月日と住所言やあいいんかよ？
３月１４日生まれの、住所はサルミネン農園で――えっ！　そんなんまで言えって！？　やめろよ純粋な男心が！　つかなんで知ってんのばあちゃんプライバシーの侵害――あーいや言います！　言います！
本棚の『月刊農業』12月号のカバーかけて隠してあるエロ本のタイトルは『うっふんムチムチ巨乳乱舞』ですッ！
くっそう…これでいいかよう……ああ、うん、小松菜キャリーで５つ分と、あと大根３０本と、それから……ぐすっ、うう……」