ENo.0095　ライカ

懐かしい夢を見た。
――夢、と呼んでいいものか。
なつかしい学び舎で暫し過ごした"ゆめ"のような日々を。
振り返り思い出す事も、最近は減っていたのだけれど。

あのとき再現出来なかった、ありきたりな日常の一欠けらを、今、こんなかたちで叶えているのが不思議だった。
機会を与えたものが何なのか、そこに裏はあるのか。そしてこの契約が果たされた時、何かが変わるのか。
何ひとつ分かりはしないが、だからこそ楽しいと思うのも事実だし、楽しいうちはこの"有り触れた非日常"を満喫していたいと、思う。

「……だって、ねえ。角を殺がれた鬼の子が、不機嫌そうにレジの前に立ってるだけで面白いよ。」

思い出し笑いに口許を緩めると、着替え終えた自分の姿を確認するように、鏡の前でくるりと回る。
醜く爛れたはずの半面もここに居れば何事も無かったように癒え、鏡に映る顔はどこから見ても正常そのものだ。化粧で隠すべき痕跡など残っていないと、確かめた後もなんとなくこの格好で店に出ているが。
それもまた、あの子の反応が面白いので良しとしよう。

「さて、そろそろ開店か。」

ゆったりと伸びをして、小さくひとりごちる。あとどれくらい続くかもわからない、夕闇の虚無に立つ男はどこか嬉しげに踵を返した。