ENo.0031　紡糸神璃

――シノリが夕闇国へやってきて、8週目。
彼女は、ふらりと姿を現した。

「なかなか頑張ってるようじゃないか。シノリ」

身支度を整えて、さて今日も在庫を補充したり新しい商品を並べたりして店を開店しようと考えて奥の部屋から出てきたシノリを待っていたのは、シノリにとって見覚えがありすぎる姿だった。

「……お師匠様？」

ぞろりと長ったらしく伸びた髪に、一度見たら忘れられないようなチェシャ猫を思わせる笑み。
ドレスと民族衣装を混ぜたような特徴的な衣服。
本来なら此処にいないはずの――境界世界にいるはずの彼女は、呆然としているシノリの目の前で煙管に口をつけ、白い煙を吐き出した。

「そうさ。元気そうだねェ、シノリ」
「……お師匠様！！」

我に返ったシノリが彼女に向かって駆け寄る。
片手をしっかり握って、目の前にいる師匠に向かって、

「色々言いたいことはあるけどとりあえず一発殴らせてくださいなあああああ！！！」

腹の底からの叫びと共に師匠へ向かって振り下ろす。
けれど彼女は軽やかな動きでシノリの拳をかわし、シノリはその勢いのまま床に倒れ込んだ。

「あっはっはっは！元気いっぱいで何よりだ！」
「ええい言いたいことはたっくさんあるんですからね！」
「それはそれは。長くなりそうだからお前が修行を終えた後に聞こうかねェ」

いつもどおりの雰囲気に唸りながら、シノリは起きあがって深く息を吐く。
シノリがそうしている間にも、師匠は店舗を歩き回り、棚に並んでいる商品たちを興味深そうに眺めていた。

「……ところで、何しにきたんですか。お師匠様が来るなんてよっぽどですよね？」
「ふむ。お前さんの様子を見ておきたかった、というのもあるが……シノリ。お前さんに伝えることがあってね」
「伝えること？」

師匠の言葉にシノリは目をぱちくりとさせる。
不思議そうに首を傾げるシノリの目の前で、師匠はもう一度煙管に口を付け、澱んだ煙を吸い込んでから、一言。


「お前さんの修行の終わり方についてさ」


――一言、シノリが密かに気になっていることについて口にした。