ENo.0055　カシ・サルミネン

「ふっふっふ、買ってやったぜ……」
レジに後生大事に置いて、腕組みで見下ろしているのは何の変哲もない煙草。
覚せい剤とか脱法ハーブとか、そういう物騒な類ではなく、煙草である。
何の変哲もない煙草。
ここしばらくずっとずうっと禁煙していた自分には、とてもとても久しぶりな煙草。
でもちょっぴり罪悪感も感じる煙草。

「でも、ここじゃ吸って迷惑かける相手もいないし…なっ、いいよなっ？」

誰にともなく問いかける。
が、さびしんぼうで構ってちゃんのくせに、今日ばかりは誰からの返事もないことが嬉しい。
なにせ弟や妹はちょっと煙草の臭いがするだけでも嫌がるし、妻は禁煙中に出会ったしもう吸う機会もないものだと思っていたから、吸って良いか尋ねるという選択肢すら思いつかなかった。
つまり、というか多分、妻は自分が喫煙者であったことを知らない。
いやまあ、別に必要ない情報といえばそうなんだけど。

だけどまあ、なんとなく、煙草を吸う、ということにやんちゃだった独身時代へのノスタルジーめいたものがあるのも事実だった。
そして今、この世界に妻や弟妹はおらず、しばらく帰る予定もなく、そして目の前には煙草がある。

「よーし、吸うぞ、吸っちまうぞ……！」

ほんのちょっぴりの甘美な罪悪感と共に、目の前の小箱へと手を伸ばす――……。

「あっ！　ライターがない！」