ENo.0142　縁継庵

　
◆月◆日

　久しぶりに依頼を受ける。
　張り紙に堂々と『異世界で働いてくれる人材募集』『ポータル保証有り』なんて書いてあるのも珍しい。
　こんな胡散臭さで誰が引き受けるの？　……と思ったから受けた。

　だって面白そうじゃないの。



　所定の場所と所定の日時、そこで待つと本当に何事もなくこの店に転送されていた。
　かなり興味深い技術に思える。

　実際に客が来るのはまた決まった日時になるのだとか。
　それまでは喚び出されたこの国の知識を少しでも集めておこう。

　今日はケバブと白身魚サンドに揚げじゃが。
　この近くの露店は中々悪くない。



◆月◆日

　この国の情勢は大体分かってきた。
　崖縁でお祭り騒ぎが行われているかのようだ。
　どことも知れない場末の宿に依頼の張り紙が出されるのも頷ける。

　……それにしても誰があの張り紙を配りに来たのか。

　今日はハーブチキンを添えたサラダにボロネーゼ。
　この店の奥にキッチンがあるのは幸いだった。



◆月◆日

　この国にはこうした店舗が結構な数、新しく開かれている。
　おそらくは勝手に呼ばれて勝手に店番をさせられることになった者も多く居そうなものだ。

　とはいえそんなごた混ぜの無秩序には好奇心が惹かれる。
　今のうちに色々見て回ってみるのも面白そうだ。　中には見知った顔もあるかもしれない。

　それにしてもどうした結末を辿るにせよ、事が済んだらちゃんと各々もと来た処へ戻れるのだろうか。
　私は依頼が済んだら適当に帰るつもりだけれど。

　今日はおせちセットとおせちセットとチーズフライ。
　値札にそう書いてあったのだけどおせちって何だろう。　おいしいけど。



◆月◆日

　私をこの国へと運んだ転移術について少々調べてみようとした。
　……のだけど、どうやら金魚坂グループなる企業の機密事項らしい。

　こうした類の技術は一般に広く公開出来ないもの、と言われればまあ確かに頷ける話だけど、
賢者の塔のお偉方のような堂々巡りの秘密主義に近しいものを感じる。
　ああいう“勤め人”の集まりにはまた違った掟でも課されているのだろうか。
　折角だから魔法の一つでも持ち帰りたいのに。

　今日は龍の卵焼きと麻婆丼。
　その辺の店で龍の卵が買えるとは思わなかった。　文明が進んでいる。



◆月◆日

　店の前に犬が居た。　背中から羽根も生えていた。
　どこぞから遣わされてきたか？　それともそうした縁や使命を失った迷い子か？

　何やらここへ来た理由はありそうなものだけど、害はないなら放っておこう。

　それよりもそろそろ客の来る頃合だ。
　接客はまあ依頼人との遣り取りで多少慣れてはいると自負しているけれど、
この国での接客となると塩梅も作法も夕闇の向こうに紛れているようだ。
　誰も彼もがひとときの揺らぎと喧噪に身を委ねている。

　今日はこの依頼が終わったらたっぷり食べ歩こう。
　初めて触れる知と食とを存分に味わう、そのためにこの稼業をやっている。