ENo.0142　縁継庵

　
　かの塔から降りて早幾年か、以来ささやかな旅路に赴くことも増えてきたものの、
このような“喚び出され”は久しぶりであった。

　旅先の見知らぬ破風造りの前で少々と眠りこけていたのが切っ掛けとなったか。
　目を覚ませば夕と夜のあわいの留まるこの庵に居り……御倉様もまた、そこに居た。

　なんでも、再びこうしたことが起きた暁には目こぼしはせぬと。
　まるで咎め立てされているかのような言い様であったが、そういう話だった。
　このようにならんと自ら働きかけた訳ではないのだが。



　さて、ここは果たしていずこの巷で、帰路はどちらにあるものかと、
そう思いを巡らせてはみたが、皆目見当の付かぬ有様で……。

　庵の外に出て、周りを調べて回ってみたものの、見つけられたものは
『縁継庵』と記された樫製と思しき看板に、大量の販売物と思しき品の数々。



　───さては、ここは何がしかを誰かしらに売るための、そういう場所なのではないかと、
御倉様と意見が合致した。　珍しいことに。

　しかして売り手も買い手も姿は見えず、ただ整えられて用いられぬ場のみが、ここにあった。
　外は時間の経てども昏く、こうした中で誰が果たして訪れるものか。



　そのように言葉を交わしていたところで、夕闇の向こうに茫とした人影が。

　それは見る見るうちに数を増やし、姿を確とし、はっきりとここへ向かってきた。
　少年、女中、武人、犬、駱駝───そうした姿が。

　あれは、よもや客なのではないか。　ここに備えられ、待ち受ける物品たちを買うための。



　しかし、買い手は居れども売り手が居らず。
　ここが商店だとして、その営みはどちらもが揃わねば成り立たぬのではないのか。

　……まさか？
　御倉様？　これどうするんですか？