ENo.0086　『風食む白き牙』の魔王

パン屋の青年
「魔王さま？！　昨夜はずっと店に居られたんですか？」


『風食む白き牙』の魔王
「うん？　ああ。まだ片付いてない書類がいくらかあったからな。
昨日のうちに終わらせておけば、商品の納入が1日早まる。そうすれば売り上げもその分増える。」


茶摘みの女性
「魔王さま…　なにも泊り込んでまで仕事をなさらなくても。
1日納期が早まったからと言って、それで増える金額なんて知れています。」


魔王
「何を言うか。1円でも売り上げが増えるなら、それで…　おっ…と？」


女性
「魔王さま！　大丈夫ですか？！！」


魔王
「気にするな、軽いめまいがしただけだ。
…恥ずかしい話だが、少し疲れが溜まっているようだ。」


魔王
「体力には自信があったつもりだったのだが…
商売は、狩りとはまた別の疲れが溜まるようだな。情けないところを見せてしまった。」


青年
「そんなことはありません。どうかご無理をなさらないでください！」


女性
「魔王さま…　毛並みもずいぶん荒れているようです。少しお休みになられた方が…」


魔王
「いや！　ここで休んでは、みすみす売り上げ競争から降りることになる。
ようやく商売に勢いが付いたんだ、此処が踏ん張りどころだろう？！」


青年
「……魔王さま、僕たちは売り上げ競争をしたいんじゃないんです。
もちろん、たくさん商品が売れて、お客様に喜んで貰えて、そして売り上げが伸びるのは嬉しいです。ですが…」


女性
「いくらたくさん商品を売っても、いくらたくさん儲けが出ても、
それを分かち合う魔王さまに何かあっては意味がありません！」


魔王
「い、いや、しかし…　私は…　店長として…」


青年
「魔王さま。どうか、お休みになってください。」


魔王
「………。」


魔王
「…今日だけ。あと今日一日だけ働かせてくれ。店に立たせてくれ。そうしたら休む。」


女性
「魔王さま…」


魔王
「どうしたお前たち？　もう開店時間だ。店を開ける…ぞ……？」



（ばたり）


女性
「！！　魔王さま？！！」


青年
「魔王さま！　しっかりしてください！！！」



魔王
「………。」




………。



……。



…。