ENo.0076　アプリコーゼ

今日も朝が来た。
今日もアプリはいつも通り。
いつも通りお気に入りの本を開いて眺めてみたり、
いつも通りお気に入りの商品を棚に並べている。

――ちなみにアプリが商品を並べている間は
俺は床に転がされていたりするのだが。



「……………あ。」

アプリが商品を並べる手をふっと止めた。
それは一番最初にアプリが気に入って買った本、
”あおと奇跡の冒険譚！第6巻”。
随分気に入ったらしく、マーケットに出品していた
人の店まで出向き、全巻購入したほどだ。

「………これ……アプリの、に……して、いい……？」

本を手にしたまま、アプリは床に転がった俺に問う。

「いいんじゃねぇの、もうそれ読みすぎてて新品じゃねえしな。
せっかく全巻購入したんだから、手元に置いておけよ。」

ぱぁ、と顔を輝かせると本を店の隅っこへと持っていく。
いつも開店中、アプリが隠れている場所だ。
今日もそこで閉店するまで本を見ていることだろう。


「……楽しいか、アプリ。」

上機嫌で棚の陳列作業に戻ったアプリに、今度は俺が問う。

最初の頃に比べて、彼女は表情が豊かになった…ように思う。
あまり見た目には出ていないかもしれないが、
嬉しい、とか、悲しい、とか、そういうものを
分かるようになってきた。


「……たのしい………おもう………」

振り返らずに、作業の手を止めぬまま、
ぼそりとアプリは答えた。

「きれいな、もの……いっぱい、ある……みつける……たのしい……。」

棚に並べたものにひとつひとつ、触れていく。
自分で作ったジャムやマカロン。
美しい夜空色のフリルブラウス。
少し大きめのきるもうふ。
飛び出す絵本。なぞのねこ。
全てアプリが見つけて来た”宝物”。

「……それに、ね……。
……おはなし、してくれる……ひと……ふえた……。
……みんな……やさしい、の………。
…みぎこも……ランも……シノリも……ちいさいひと、も………
……アプリ……なんにも、できないけど……
………やさしく…してくれる………。
……うれしい…おもう………。
……たのしい……おもう…よ……。」

ぼそぼそ、と零すように。
そんな事を言う。

正直言ってそんな事を考えているとは思わなかった。
俺の知らないところで、アプリは成長していた。
いや、違う。
だってずっと隣に居たのだから。
俺が何も変わっていないと思っていた間に
色んなものと出会い、色んな人と出会って、
アプリはちゃんと成長していたのだ。


「……だから、ね。」

いつの間に作業を終えたのか。
アプリは俺の体を拾い上げた。

「……にんげんに、してくれて……ありがとう……。
……ここ、つれてきて……くれて、ありがとう……。
……あんずの、まま……だったら………
こんな、こと……ぜんぶ…しらなかった……。
……だから……ありがとう……レタス……。」



ふわり、と今まで見た事もない笑顔を浮かべた。
これからこの子はもっと色んな表情を見せるのだろう。
もっと色んな人と出会い、色んな言葉を覚えて、
色んな事を考えるようになる。

もっと………素敵な人間になれるだろう。
これから、もっと――――――





『………さあ、刻限ですよ。アプリコーゼ、クルレタスフィア。
貴方達の成果を見せて頂きましょう――――』


天から声が聞こえた瞬間、
アプリの手の桃色のリボンが解けた。
それはまるで花びらのように。
はらはら、と床に舞い散った。



アプリはこれからもっと素敵な人間になれるだろう。
―――――しかし、俺たちにはもう時間はなかった。